はじめに
Adaptive Dynamics理論とは
理論進化生物学にはadaptive dynamicsと呼ばれるものが幾つかあり、その中のMetz et.al. (1996)を起点にするものが、Adaptive Dynamics(AとDが大文字)理論と呼ばれています。 Adaptive Dynamics理論は、生態学的相互作用(例えば資源競争、捕食被食相互作用、共生など)によって引き起こされる中〜長期的な適応進化を調べるための理論です。具体的には、形質空間に存在する表現型の個体数動態が微分方程式によって記述される場合に、集団の方向進化を促す選択圧や進化的な分岐を促す選択圧を解析することができます。後者は特に、進化的分岐条件と呼ばれます。Adaptive Dynamics理論はまだ和文の文献が少ないですが、発展途上にある便利で強力な理論です。
Adaptive Dynamics理論の長所と短所
集団遺伝学、量的遺伝学との比較です。私の理解では、Adaptive Dynamics理論は「生態的相互作用がもたらす選択圧を調べるための理論」ですので、その特性に由来する長所と短所になっています。
複雑な生態的相互作用がもたらす複雑な選択圧を扱うことができる。
遺伝様式、遺伝構造を想定しない。
例えば、種分化については、Adaptive Dynamics理論の進化的分岐条件によって「集団の分裂を促す選択圧がかかる」ことを示すことはできますが、「生殖的に隔離された2つの集団に分化する」ことを保証するものではありません。進化的分岐条件が満たされている場合に種分化するかを確かめるために、具体的な遺伝様式を仮定した集団の進化動態を数値計算することが多いです。
動機と書かれている内容
Adaptive Dynamics理論についてUlf Diekmann博士やHans Metz博士や他の方々に多くのことを教えてもらいましたので、それらの事柄と自分が考え至ったことをまとめて書き記しておこうと思いました。また、Adaptive Dynamics理論における私の専門は進化的分岐条件の多次元形質空間への拡張なのですが(Eva Kisdi博士の
Adaptive Dynamics関連論文リストではExtensionの項目に入れてもらっています)、書いた論文はどれも読みにくいらしいので、分かりやすい解説と適用例を公開することにしました。
この理論を使うとどんなことを解析できるのかを知りたい人や、自分が研究している数理モデルにこの理論を使ってみたい人を読者と想定して書いています。
AdaptiveDynamics理論そのものに興味がある人を読者として想定して書いています。
本解説を理解するのに必要な知識
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微分の基礎(テイラー展開くらい)
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線形代数の基礎(行列の固有値くらい)←2次元以上の形質空間のみ必要。
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進化生態学の基礎的な用語(適応度、表現型、資源競争とか)
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理論生態学の基礎的なモデル(ロトカ・ヴォルテラ方程式など)を知っているとよいですが、知らなくて大丈夫です。